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福岡地方裁判所 昭和41年(ワ)1176号 判決

原告

荒木アサエ

ほか二名

被告

主文

一、被告は原告荒木アサエに対し金一〇万円およびこれに対する、原告荒木豊一、同小方達也に対しそれぞれ金一、九三〇、八一三円およびこの内金一、七八〇、八一三円に対するいずれも昭和三九年七月二三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担としその余を被告の負担とする。

四、この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告は原告荒木アサエに対し金一、〇二〇、〇〇〇円およびこの内金八〇〇、〇〇〇円に対する、原告荒木豊一、同小方達也に対しそれぞれ金三、四五七、七四〇円およびこの内金三、〇〇六、七三〇円に対するいずれも昭和三九年七月二三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、請求原因

一、事故の発生

訴外小方熊雄は、昭和三九年七月二二日午後九時四五分頃、自動二輪車(当時の第二種原動機付自転車、ホンダカブ号五五CC)を運転して国道三号線を福岡市方面から北九州市方面に向けて進行中、福岡県粕屋郡古賀町大字中川一、二七八番地先西鉄バス停留所前路上にさしかかつた際、道路の陥没部分に右カブ号を乗り入れたため、ハンドルをとられて運転の自由を失ない、センターラインを越えて道路の右側部分に入り込んだが、たまたま同所を北九州市方面から進行してきた訴外崔永忠運転の大型貨物自動車(福一な四五四三号)の急制動の処置も間にあわず、右カブ号に衝突し、このため右熊雄は路上に転倒して、全身打撲のため間もなく死亡した。

二、被告の責任

本件事故現場は国道三号線路上で道路法第一三条に規定された指定区間内であり、管理責任者は建設大臣であつて、その実際の事務は福岡国道工事事務所が担当していたのであるが、本件事故の発生は次のとおり被告の本件道路に対する管理に瑕疵があつたことによるものである。ところで、瑕疵とは営造物が本来備えるべき安全性を欠いている状態をいうのであつて、瑕疵の存在に関する営造物管理者の過失の有無は無関係であり、瑕疵の判断は各種の営造物について具体的に判断されなければならないが、一般に道路はその場所の通路として予定ないし予期された性質を持たない場合に瑕疵ありとされる。そして舗装された都市の道路は程度にもよるが舗装が破れて穴ができれば瑕疵があることになり道路の瑕疵は道路の管理瑕疵を推定させる。

そこで、本件の具体的状況について言えば、本件事故現場は、事故当時街燈の設備がなく真暗であつたということ、舗装路端から中央に向つて幅二・五メートル、長さ二・一メートルの広さの舗装面が切り取られて地表が露出しており、その中に直径七〇センチメートル、最深部一〇センチメートルの陥没部分があつたこと等を考えれば、相当な危険を有する道路の欠陥であつて復旧工事のためとはいえ、人為的にできたものでそれだけに一層危険防止の措置が講じられなければならないのにもかかわらず、本件事故当時その付近に赤ランプその他の標識がなされていなかつた。その上、本件事故現場における路面沈下現象は既に昭和三九年三月末頃から生じていたが同年五月中旬になつて被告は漸く本格的復旧工事を考え出し、古賀町に指示して訴外機動建設株式会社にアスファルト舗装面を切り取らせ、その後切り取り部分に何度か鉱さいを補充させていたが三週間位すれば鉱さいが固まるので本工事ができるはずであるのに、現実には同年七月二二日の本件事故発生まで切り取られたままの状態であつた。

従つて、被告は国家賠償法第二条第一項により、右事故によつて生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三、亡熊雄と原告らとの関係

原告荒木アサエは亡熊雄の内縁の妻であり、原告荒木豊一、同小方達也はそれぞれ亡熊雄と先妻サダとの間の子である。

四、損害

(一)  亡熊雄の逸失利益

亡熊雄は昭和六年二月一日生れの健康な男子で本件事故による死亡当時は満三三才であつた。同人は昭和二一年河東尋常高等小学校高等科卒業後同年五月より福岡県宗像郡津屋崎町小方房雄のもとに大工見習として弟子入りし、昭和二六年二月より一本立ちして本大工となり、以来死亡の日まで大工を職としてきた。本件事故当時、亡熊雄は一日当り少くとも金一、四〇〇円の手間賃を得ており、一ケ月の平均就労日数は二五日であつたので亡熊雄は一ケ月平均金三五、〇〇〇円の収入をあげていた。他方、亡熊雄が生存していた場合の生活費は、同人が一家の柱であつた事実、同人の社会的地位、家族構成等の諸事情を考慮に入れた場合いかに多く見積もつても一ケ月に金一五、〇〇〇円を上回ることはない。従つて亡熊雄は本件事故当時一ケ月に金二万円の純収入を得ていたことになる。ところで、満三三才の健康状態普通の男子の平均余命年数は厚生省発表の第一〇回生命表によれば三七、〇四年であり、大工という職業の性質を考えると亡熊雄は本件事故に遭遇しなければ以後更に少くとも三二年間は大工として就労可能であつた。よつて、これを年毎ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を差引いてその事故当時における一時払の現在価を求めると金四、五一三、四六〇円となり、この金額が亡熊雄の逸失利益となる。

(二)  亡熊雄の慰藉料

亡熊雄は本件事故のため致命傷を受け、内縁の妻である原告アサエと長男たる原告豊一(当時七才)、二男たる原告達也(当時五才)の二人の子を残して死亡したのであるが、これにより多大の肉体的精神的苦痛を蒙つたことは明らかであり、同人に対する慰藉料としては金一〇〇万円が相当である。

(三)  原告らの慰藉料

(1) 原告荒木アサエは亡熊雄と昭和三三年九月から同居することとなり、結婚の届出こそしていなかつたが亡熊雄との仲も円満で幸福な家庭生活を送つていたのであり、経済的にも亡熊雄の収入によつて支えられていた。本件事故による亡熊雄の突然の死によつて、原告アサエは事故当時多大な精神的苦痛を受け、かつ将来にわたつても受けるであろうことが明らかであり、同人に対する慰藉料としては金一〇〇万円が相当である。

(2) 原告荒木豊一、同小方達也はいずれも熊雄と先妻細田サダとの間に生れた子であるが、事故当時、原告豊一は七才、原告達也は五才であつて、幼児にして父を失つた精神的苦痛は将来にわたつて甚大なものと考えられ、同人らに対する慰藉料はそれぞれ金五〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用

原告らは本訴提起に際し事案複雑のため弁護士黒田慶三に訴訟を委任し、原告アサエは着手金として金一〇万円を支払つた。また、原告らは本判決言渡の日に認容額の一割五分に相当する謝金を右弁護士に支払う旨約した。これによれば、原告アサエは金二二〇、〇〇〇円、原告豊一、同達也はそれぞれ金四五一、〇一〇円となる。

(五)  原告豊一、同達也の相続

右原告両名は亡熊雄の子として前記(一)(二)の損害賠償請求金債権を各二分の一宛相続した。

(六)  損益相殺

原告らは本件事故後参加人古賀町から見舞金として金二〇万円、訴外崔永忠の運転していた大型貨物自動車の加入していた自動車損害賠償責任保険から金五〇万円合計金七〇万円を受領したので、そのうち、金二〇万円を原告アサエの、各二五万円を原告豊一、同達也のいずれも慰藉料に充当する。

五、よつて、原告アサエは金一、〇二〇、〇〇〇円とこの内金八〇〇、〇〇〇円に対する、原告豊一、同達也はそれぞれ金三、四五七、七四〇円とこの内金三、〇〇六、七三〇円に対する本件事故の翌日である昭和三九年七月二三日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項の事実を認める。

二、(一) 同第二項の事実中本件道路の管理責任者が被告であること、本件事故当時、原告ら主張のような本件事故現場の状況に原告ら主張の大きさの陥没部分が存在していたこと、被告は本件事故現場の復旧工事を考え、古賀町および機動建設株式会社に原告ら主張通りの指示をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 国道三号線の本件事故現場は一日平均約二万台の自動車が通過するほどに交通量の激しい場所であるので、自然沈下、車両通過に伴う損傷等により道路に陥没穴が生ずることがないようアスファルトコンクリート舗装をしているが、その付近の住宅化に伴ない道路下にガス、水道等の施設を埋蔵する工事が多く、右の場合当該道路を管理する建設省福岡国道工事事務所としては、工事当事者より許可をとらせることはもちろん、工事中も交通に支障をきたすことのないように常に巡視し、損害部分を発見次第直ちに補修させる等して厳重に監督し、道路の管理に万全を期していた。ところで、本件事故現場は、参加人たる古賀町が昭和三九年二月一五日から同月二九日まで右工事の許可を受けることなく、推進式工法により路面から一・六メートル地下に直径一メートルの水道管を埋設させる工事を行なつたため、同年三月末頃道路両端の部分に路面沈下現象が現われたので、福岡国道工事事務所は直ちに古賀町および右工事施行業者に対して応急措置として毎日沈下部分に鉱さいを投入して交通に支障のないようにするよう指示したが、同年五月中旬に至り沈下現象が著しくなつたので舗装打替工事により右沈下部分を原状回復しなければならなくなつた。そこで、福岡国道工事事務所は、同年五月一八日古賀町に対し右工事により原形復旧するよう要求し、その前提工事として舗装部分を切り取りその部分に鉱さいが固まるまで毎日鉱さいを補填するよう指示したので、古賀町は同月二〇日水道工事を施行した業者をして沈下アスファルト舗装部の右側を縦横各二メートル、左側を縦二メートル、横一・九メートル切り取り、毎日鉱さいを補充させており、鉱さいが補充されていないことがときどきあつた際にも、同事務所において補充するとともに古賀町に対しても厳重に警告していた。また古賀町は相当期間経過しても本工事に着手しないので、右事務所は再三にわたり右工事の施行を督促した結果、同年七月二〇日頃、工事に着手することとなつたが、右工事を請負つた業者の他の工事の都合により二、三日右工事が遅れて行われることになつていたところ、同月二二日本件事故が発生した。

(三) ところで、道路上に多少の損傷個所があることは往々にしてあることで、異常に大きな陥没穴は格別として本件事故の発生地点にあつた直径七〇センチメートル、深さ一〇センチメートル程度の陥没穴は通常運転手としての注意を払つておればなんら交通上の危険を与えるものではない。とくに、事故現場付近の道路は一直線で見透しがよく、事故現場の向いには商店があり、当時その店の薄明りが路上に洩れていたのであるから通常の注意をもつてすれば容易に右陥没穴を発見し、速度を落すかあるいはこれを避けて無事通過することができたはずである。道路の管理者は一般人が通常の状態で通行することを前提として交通に支障がないよう設置、管理すれば足りるのであつて、飲酒等の異常な状態で通行するものまで考慮して設置、管理すべき義務はない。

従つて、右国道の管理者たる建設大臣ないしは福岡国道事務所が右程度の損傷部分ではこれを補修しなかつたからといつて道路の通常備うべき安全性を欠く管理上の瑕疵があつたとはいえず、このことは道路法第四六条により右程度の損壊では道路の破損、欠壊その他の事由により交通が危険であると認められる場合に該当するとして道路の交通を制限することができないことからも明らかである。

三、同第三項の事実は認める。

四、同第四項の事実中、(四)弁護士費用および(六)の損益相殺については不知、その余の事実については否認する。仮に原告ら主張の弁護士費用を原告らが負担するとしても本件事故と相当因果関係の範囲内の損害ではない。

第四、被告の主張

一、亡熊雄の飲酒

(一)  亡熊雄は事故当日の夜、ビールおよび酒を飲んだ後に、自動二輪車の後部座席に友人一名を乗せ、かなりのスピードで進行中本件事故に遭遇したのであるが、亡熊雄を救助しようとしてかけつけた人達も右熊雄が酒の匂いを発散させていたことを感じている。従つて仮に、本件事故が道路上の陥没穴に起因して発生したとしても、右事故の直接の原因は亡熊雄が飲酒し前方の注意力が散漫となり、右陥没穴に気づかず相当のスピードで漫然と進行し、しかも通常の状態でも運転が難しい後部座席に大人一名を同乗させていたから、右陥没穴に車輪を落しハンドルを取られて本件事故が発生したものであるが、右のような状態で運転すれば路上に五センチメートル大程度の小石があつたとしても事故は発生したであろうから、本件事故は全く亡熊雄の飲酒運転に起因するものというべきである。

二、示談の成立

仮に、被告がある程度原告らに賠償責任があるとしても、右陥没穴は参加人たる古賀町の無許可工事により発生したものであるから、被告と古賀町は連帯して賠償義務を負うこととなるところ、昭和三九年一二月三〇日古賀町と原告らの間において金三〇万円をもつて示談が成立し、原告らは本件事故に基く賠償請求権を一切放棄しているから被告に賠償義務はないというべきである。

第五、被告の主張に対する原告らの答弁

一、亡熊雄の飲酒運転

亡熊雄は本件事故当日の午後六時半か七時頃、わずか一合の酒を飲んだにすぎず、その後すしを食べて外に出たら小雨模様だつたのでパチンコ屋に入り二時間以上も時間をつぶしているのであるから、事故前後頃にはその程度の酒による酔は完全に消失しているはずである。対向車の運転手崔永忠は亡熊雄に酒の匂いがしたと言つているが、酒は酔がさめても匂いがすることがあるのであり、このことから亡熊雄が酒に酔つていたとはいえない。亡熊雄は昭和三七年二月頃トラックに追突されて怪我をしたことがあるので運転するときは用心していたのであり、平素酒をあまり飲まず、事故現場にさしかかる頃のスピードは時速三〇キロメートルを少し上回る程度だつた。

二、示談の成立

原告らと参加人の間で示談が成立したとの点は否認する。また、仮に、右事実が認められたとしても本件における被告と参加人とは共同不法行為の関係にたつものと解せられるが、被害者保護の趣旨からしてこの場合の両者の責任は不真正連帯債務と解されるから、参加人と原告らとの示談の有無は被告に対する請求権に何らの影響も及ぼすものではない。よつてこの点に関する被告の主張はそれ自体失当である。

第六、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生

昭和三九年七月二二日午後九時四五分頃福岡県粕屋郡古賀町大字中川一、二七八番地先西鉄バス停留所前路上において亡熊雄が自己の運転していた自動二輪車(五五CC)を陥没部分に乗り入れたためハンドルをとられセンターラインを越えて道路の右側部に入り込み、折から同所を対向して進行中の崔永忠運転の大型貨物自動車と衝突し、右熊雄がまもなく死亡したことは当事者間に争いがない。

二、被告の責任

右陥没部分付近の道路の状況は舗装路端から中央に向つて幅二・五メートル・長さ二・一メートルの広さの舗装面が切り取られて地表が露出しており、その中に直径七〇センチメートル、最深部一〇センチメートルの陥没部分があつたこと、本件道路の管理者が被告であることは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、

(1)  本件事故現場は国道三号線路上で幅員七メートルのアスファルト舗装を施し、平担で直線上になつており、昼間は見透し良好であるが、本件事故当時は夜間で街燈の設備がなく、ほとんど暗やみに近い状況であつたこと。

(2)  被告は古賀町および訴外機動建設株式会社に対し本件陥没部分に毎日鉱さいを補充し復旧工事をするように指示していたが、右会社および福岡国道工事事務所の方でも本件事故直前には気がついたときに鉱さいを補充するにすぎず、現場付近には夜間この陥没している破損箇所の存在を示す赤ランプその他の標識もなかつたこと。

を認めることができ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前記のように本件事故当時、事故現場の道路上には直径七〇センチメートル、深さ一〇センチメートルの陥没部分が生じており、夜間のことであり、かつ前記に認定した現場の照明状況などからみて、亡熊雄は右陥没部分に気付かず本件事故が発生したものと考えられる。確かにこの程度の陥没の大きさであればこれに気付いたときにはさほど車輛の運行に危険を及ぼすおそれがあるとはいえないかもしれないが、本件道路現場は国道三号線という主要幹線道路でアスファルト舗装のされたところであつて、日没後照明の行き届かない場所であるから、この陥没を発見しがたく、その場合には危険を及ぼすことも当然予想されるので、本来平担であるべき道路にこのような交通上危険な窪みがあることは道路が通常備うべき安全性を欠くに至つたものというを妨げない。

従つて道路管理者たる被告としては速やかに破損箇所を修善することはもとより、その間夜間破損箇所の付近等に赤ランプ等の標識を掲げて通行車両に注意を促す等して前記危険の発生を未然に防止するための措置を講ずべきであつたが、前記認定の通り被告は破損箇所が修補されていない間、右危険箇所を示す何らの標識も設置していなかつたもので被告の本件道路の管理に瑕疵を認めることができ、本件事故は被告の右道路管理上の瑕疵に困つて生じたものというべきである。よつて、被告は国家賠償法第二条第一項により原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。被告はその主張する理由により、本件事故はもつぱら亡熊雄の飲酒運転に因り発生したものであり被告にはこれによる賠償責任がない旨抗争するけれども、次項に説示判断するとおり、右熊雄の飲酒運転は事故の一因をなすに止り、本件事故につき、被告の賠償責任を全く否定すべき事由はないものと考える。

なお、被告は本件道路の瑕疵が参加人古賀町の違法工事によつて生じたものであるから被告に責任がない旨主張し、前顕各証拠を綜合すると、たしかに参加人古賀町において被告の許可を得ることなく本件道路に工事を施行したことが認められるけれども、国家賠償法第二条は不可抗力による以外道路管理者の過失の有無を問わずその責任を負う趣旨と解されるので、被告の右主張を採用することはできない。

三、過失相殺

〔証拠略〕によれば、亡熊雄は本件事故当日、午後六時半頃村松義雄、吉永早利とそれぞれ〇・一八リットルの酒を飲んだ後、村松義雄を後部荷台に乗せて自動二輪車を運転し、事故直後の午後九時四五分頃においても亡熊雄、右村松から酒の匂いがしていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実に前示のような本件事故の態様、陥没穴の位置大きさ等を綜合すると、亡熊雄の飲酒による注意力の減退も本件事故発生の一因をなしたと考えられ、結局、亡熊雄の過失の程度から考えると、原告らの損害額につきその二〇パーセントを過失相殺すべきである。

四、示談の成否

〔証拠略〕によれば本件事故後の昭和三九年一二月三〇日、被告補助参加人古賀町は小方豊彦、村松義雄に対し本件事故の見舞金として金三〇万円を支払つたことが認められる。ところで、証人古川豊太郎は、丙第一号証中の見舞金という文字は町議会の議決を避けるため示談書を作成せずに、町長の交際費から支出するために書き入れたもので、年の暮れも迫つたので、実際は三〇万円の中二〇万円は原告らを代理する小方豊彦に、一〇万円は同乗していて負傷した村松義雄に支払われたもので、これには損害賠償金も含まれており本件事故は円満に解決したと思つていたので、手帳(〔証拠略〕)にも円満解決と記載した旨証言をしているけれども、〔証拠略〕と対比してみても、これだけで示談成立と断定するまでには至らず、結局丙第一号証の記載のとおり見舞金と見る他はない。

五、損害

(一)  亡熊雄の損害

(1)  財産的損害

〔証拠略〕によれば、亡熊雄は本件事故当時満三三才の健康な男性で大工を職として働いており、一日当たり金一、四〇〇円の資金を得ており、一ケ月平均二五日は稼働し、平均金三五、〇〇〇円の収入をあげており、家族の中心として内縁の妻である原告アサエ、同豊一と同居し、右二名を扶養していた事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右収入から亡熊雄の生活費は同人の社会的地位、家族構成等の諸事情を考慮に入れて一ケ月平均金一五、〇〇〇円と見るのが相当であるから、これを控除して亡熊雄の年間の純益を計算すると金二四万円となる。そこで、厚生省発表の第一一回生命表によれば満三三才の男子の平均余命年数は三七・三三年であるから、諸般の事情に照らし、亡熊雄は少くとも原告ら主張の三〇年は就労可能であり、この間前記割合の収益を取得することができたと推認すべく、これを年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を差引いてその事故当時における一時払の現在価を求めると金四、三二七、〇三二円が亡熊雄の逸失利益となる。

240,000円(年間収益)×180,293(30年の係数)=4,327,032円

ところで、亡熊雄が死亡するに至つたのには前示のように同人にも過失があつたので、右の逸失利益額からその二〇パーセントにあたる金八六五、四〇六円を滅ずるとその残額が金三、四六一、六二六円になる。

(2)  精神的損害

亡熊雄が本件事故によつて精神的苦痛を受けたことは明らかであるから、その慰藉料額について検討するに、同人の死亡時の年令、職業ならびに家庭のほか本件事故の態様、亡熊雄の過失程度等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、その額は金三〇万円を相当と考える。

(3)  原告豊一、同達也の相続

右原告両名が亡熊雄の子であることは当事者間に争いがないので、同原告らがそれぞれ亡熊雄の前記損害金三、七六一、六二六円の二分の一にあたる金一、八八〇、八一三円を相続したことになる。

(二)  原告アサエの損害

原告アサエが亡熊雄の内縁の妻であることは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、原告アサエは亡熊雄が先妻細田サダと別れた後の昭和三三年九月頃から本件事故当時まで同居して原告豊一を養育してきており、婚姻届こそしていなかつたが亡熊雄との仲も円満で経済的にも亡熊雄の収入によつて家庭生活を営んでいた事実が認められる。この事実よりすれば、亡熊雄の死により、たとえ婚姻の届出をしていなくても、事実上婚姻と同様の関係にある原告アサエが多大な精神的苦痛を受けたことは明らかであるから、本件に現れた一切の事情を斟酌して、同女に対する慰藉料としては金二〇万円が相当である。

(三)  原告豊一、同達也の損害

同原告らが亡熊雄の子であることは当事者間に争いがないので、同原告らに対する慰藉料はそれぞれ金一五万円が相当である。

(四)  損益相殺、

原告らが本件事故に対して被告補助参加人古賀町から見舞金として金二〇万円、自動車損害賠償責任保険から金五〇万円、合計金七〇万円を受領したことは原告らの自陳するところであるから、原告らの指定により、そのうち、金二〇万円が原告アサエの、各金二五万円が原告豊一、同達也のいずれも慰藉料に充当されたものである。

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らは本訴提起に際し弁護士黒田慶三に訴訟を委任し、原告アサエは着手金としては右黒田弁護士に金一〇万円を支払つたことが認められ、同弁護士が本訴を追行していることは明らかであるから、本訴の難易、認容額等を綜合すると、同弁護士に対する謝金として原告豊一、同達也についてそれぞれ金一五万円を相当と認める。

六、そうすると、被告は原告アサエに対し金一〇万円とこれに対する、原告豊一、同達也に対しそれぞれ金一、九三〇、八一三円とこの内金一、七八〇、八一三円に対するいずれも不法行為の翌日たる昭和三九年七月二三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で認容しその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、仮執行の免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 木本楢雄 富田郁郎 横田勝年)

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